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雑記

ノーテレビライフが広がりつつある中、私がテレビを見なくなった理由

コンニチハ!
ご飯食べてる時以外はほとんどテレビを見ない@deepblue_willです。

なぜ、若者の間でノー“テレビ”ライフが広がるのか?テレビを捨てた人たちの本音」という記事を見ました。
私も1日に1時間もテレビを見ません。
なのでノーテレビライフなるものが広がりつつあるのものそんなに意外ではないです。
そこで、私がテレビを見なくなった理由を考えてみました。

家にいる時間が短くなった

私がテレビを見なくなったので大学生の時からです。

大学生の時は授業、サークル、バイトとほとんど家にいない生活を過ごしていました。
なので腰を据えてテレビを見る時間は当然ありませんでした。
次第にテレビを見ないことが当たり前になっていき、
今では休日に家にいる時でもほとんどテレビをみません。

大学生ぐらいから自分の周りの世界が急に広がって、
それまで家中心だった生活が外中心の世界に変わりました。
家でぼーっとテレビを見ているよりも、

自分の身になる勉強,
楽しいサークル活動、
お金になるバイト

をやっているほうが何倍も良いということに気づいたのかなと思いました。

テレビ番組が話のネタになることがなくなった

小中高校ぐらいまで、クラスメートと話をするとき、
話のネタにテレビの内容がでることは結構ありました。

バラエティ番組が面白かった!とか
ドラマの内容を共感しあったり、
好きな芸能人を褒め合ったりなどなど。
そのため、話をあわせるためにその番組をみるなんてこともあったかもしれません。

でも、
大学生なると周りもテレビを見ていないのか、
テレビの内容で話をしなくなりました。
あってもスポーツぐらい。
なので、話を合わせるためにテレビを見る必要もなくなりました。

他人と話す時に一番重要なのは「他人との共通点」を探すことです。

幼い時はテレビ番組の内容が一番身近な他人との共通点だったのに対し、
大きなるにつれ自分の世界が広がり
テレビ番組以外にも他人との共通点を探せるようになったのかなと思います。

ただ座っているのが苦痛になってきた

テレビは、数ある媒体の中でも、人を“受動的”にさせやすいという特徴をもつ。リモコンのスイッチを押せば、映像が目に飛び込み、音声が耳に入ってくる。自分で買い求め、文字を追って情報を得る書物などの媒体とは対極的だ。インターネットにも、自分でアクセス先をクリックし、情報を得にいくという“能動的”な要素がある。人を“受動的”にさせる媒体の最たるものであるテレビと決別することが、その人の生活全般に積極性やハリをもたらす効果があるのではないか。
なぜ、若者の間でノー“テレビ”ライフが広がるのか?テレビを捨てた人たちの本音 | ビジネスジャーナル


テレビを見ている時は何もしなくても情報が入ってくるので楽なのですが、同時に暇です。
なにかしたい!という衝動にかられるのです。

多分、積極的に動くことが多くなってきたせいで、
能動的なものに耐えられなくなってきているかもしれません。

頭のなかに「テレビ=時間の無駄」みたいな方程式がなりたってて、
テレビを見るとその拒否反応でじっとしてらんなくなるみたいな。

テレビ見るぐらいなら、ネットサーフィンしてたほうが何十倍も情報が集まるのは事実です。
ネットにはCMもないし、欲しい情報を自分で探しにいけるので。

最後に

テレビをあまり見ないと言いましたが、割りと録画したアニメは見ます。
アニメはCMカットすると20分ぐらいなのでサクッと見れます。
これぐらいならそんなに苦痛でもないです。
ちなみにオススメは「宇宙兄弟」です。

ではでは。

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